目の前にあるドアをノックする。応答があったので遠慮なく開けると、船長がそこにいた。
ゆったりとした姿勢で椅子に腰掛けて何かしらの本を読んでいる。少々失礼だが、彼が読書をするとは意外である。
ウンディーネがドアを閉めると船長はページにしおりを挟んで本を閉じ、顔を上げた。
「どうした?なんかあったか」
「はい、あの……なんとか大魔法を修得することができました」
「そりゃめでてえ!」
船長の顔に笑顔が咲いた。
「もうちょっとかかるかと思ってたが、さすがエルフだあな。
んで、それをどこで使う?船の上じゃあ使えるような代物じゃねえんだろ?」
「はい。大魔法を使うには特殊な魔法陣が必要になるんです」
「それをどっかにかかなきゃなんねえのか。手間かかっちまうな」
「いえ、本を貸してくれた図書館の館長さんが場所を提供してくれることになりました。
お孫さんが魔術師で、家にその魔法陣があるらしくて。住所も教えて頂きました」
「なるほど、いつの世にも親切な人はいるもんだ」
船長はぐーっとのびをして一息ついた。
それから満面の笑顔を浮かべて、なんとも嬉しい言葉を言ってくれた。
「よかったじゃねえか、これでおめえの記憶も戻らあな。オレ様も嬉しいぜ」
「船長さんたちのおかげです。私のためにここまでしてくれて……」
「なに言ってんだ、仲間のために動くのは当然じゃねえか。んな畏まんじゃねえよ」
「でも……」
「いいっていいって!だいたい大魔法を修得できたのもおめえの力だろ?オレ様たちに感謝されたって困っちまうぜ」
「……本当に、ありがとうございます」
照れくさそうに船長は頬を掻く。
本当にこの船にはお人好しばかりが乗っているようだ。
「あー、そうだ。いつその館長とやらの家に行く?」
「それがまだ……。船長さんと相談して決めようと思って」
「仕事のことなら別に気にしなくてもいいぞ。 なんなら明日でもいいしな」
「え、いいんですか?」
「早く大魔法使ってみてえんだろ?仕事の方はどうにでもなるし、思いっきりぶっ放しちまえ!」
「すみません、何から何まで……」
ウンディーネは再び頭を下げた。だから気にすんなってのに、と困った船長は手元の本を広げた。
その様子をまじまじと見つめる彼女の視線に気付くと、船長はわざと気難しい表情を浮かべてみせた。
「さてはオレ様が読書なんて珍しいとでも思ってやがるな?」
「い、いえ、そんなことは……」
「遠慮なんかすんない。てめえでも似合わねえことぐれえわかってるさ」
にひひ、といたずらっぽい笑顔を船長は見せる。
幾ばくか安心したウンディーネは何やら気になって、ひとつ尋ねてみた。
「何の本なんですか?」
「聞いて驚け、哲学ってやつだ」
「哲学、ですか」
「驚けよ。……まあ、たまには難しいことも考えてみれとティルから押しつけられてな」
驚いた方がよかったのかな、とちらりと考えつつ、ウンディーネはもうひとつ尋ねた。
「その本では何について考えているんですか?」
「そうだな、哲学ってぇとだいたい生死について語られることが多いっぽいんだが、この本では人間の……」
「お父さーん、ちょっと邪魔するわよ」
いきなりドアを開けて、モモカがあらわれた。
あまりの遠慮なしの振る舞いにさすがの船長もこれには呆れてしまったようだ。
「おめえなあ…ノックくらいしたらどだ?」
「父娘なんだからプライバシーもクソもないわよ」
「それだったらオレ様は、おめえの部屋にノックなしで入っていいってことになっちまうぞ。いいのかよ?」
「別に構わないわよ。だいたいお父さん、わざわざあたしの部屋に来ることなんてないじゃない」
「いや、そりゃそうなんだが……」
船長はぽりぽりと頭を掻いた。
彼女自身は意識していないのかどうなのか、モモカは既に年頃なのだ。
もし着替えをしている最中に船長が部屋に入ってきてでもしたらどうするつもりなのか。
同じ年頃の少女と触れ合ったことで少しは自意識すると思っていたのだが、これも荒くれ者の中で育ったせいか。
「……まあ、それはともかく。どうかしたのか?」
「ああ、ウンディーネをさがしに来たのよ。自室にいないからどこに行ったのかと思ったわ」
「あ、うん。船長さんに大魔法のこと、報告しようと思って」
「案外早かったわよね。さすがだわ。そんで、いつあの爺さんとこ行くの?」
「船長さんが明日にでも行ってこいって」
「………へえ、明日!?お父さんってば太っ腹じゃない!」
「ウンディーネだって早く記憶を取り戻してえだろうしな。ぱぱっと行ってぱぱっとやっちまえって感じだ」
「なるほどねぇ、お父さんらしいわ」
モモカは髪をかきあげて、軽く微笑みながらうつむいた。その表情は、どこか暗い。
それにはまったく気付かずに、ウンディーネは今思い出したようにモモカに疑問をぶつけた。
少しだけ驚いたモモカはぱっと顔を上げる。
「それでモモカ。どうして私をさがしに?」
「……あ、ああ。そろそろ昼食の準備する時間だから、呼びに来たのよ」
「うわ、もうそんな時間!?ごめんね、すぐ行くから!船長さん、失礼しました!」
一礼してウンディーネは慌ただしく廊下へと駆けていった。
モモカもその後に続こうとしたが、船長に突然引き留められたのでその場に留まった。
「オレの気のせいだといいんだが……」
父の一人称が変わっていることにモモカは気付いた。今、彼は間違いなく真剣だ。
「最近、思い詰めていやしねえか?」
「え?」
突然のことに、モモカはぱちくりと瞬いた。
「お前は優しい子だ。だからひとりで抱え込んで、ひとりで解決しようとする。
オレから言わせちまえばそれは身体にも精神にも良くねえ。
だからモモカ。何を悩んでるかは知らねえが、そんなもんはオレに遠慮なく押しつけれ。
この部屋に入ってきた時みてえにだ。オレはこれでもお前の父親なんだから、な?」
「………うん」
ふ、とモモカは微笑んだ。それを見て、安堵したように船長も微笑む。
そんじゃ行ってこい、と促して娘を扉の向こうへと見送ったあと、一息ついた船長は再び本を広げた。
けれどそう読み進めないうちに、本から目を離して天井を仰ぐ。
(隠し事をする人間の心理――――か)
娘の隠し事が、そう大きなものではなければいいのだが。
カミノウタ
第15話
−想い−
とんとんとん。まな板に軽快なリズムが走る。
「ねえモモカ」
「うん?」
「昨日さ、雪……降ったよね」
「ああ、そうね。やっぱり北の方の大陸だし、そりゃ雪も降るわよ」
「モモカは雪見るの初めてじゃないの?」
「まあね」
油をひいて熱した鍋に切り刻んだ野菜を入れると、じゅううううという音とともに煙が舞い上がった。
金属製のへらを操って野菜をうまく炒めながらモモカは応える。
「あたしは物心ついた時からお父さんの船旅に付き合ってるからね。
こっちの北の大陸に来ることも何度かあったし、季節にもよるけど何度も雪は見てんのよ。
あんたは初めてだったみたいだけど、どう?感動した?」
「……うん、綺麗だった」
まるで夢見るように彼女は言う。
「白くてふわふわした光が、真っ黒な海に吸い込まれていって……あんな光景、初めて見た」
「あははは、そうねぇ。中央大陸から出たこと、あんたはきっとなかっただろうし」
「……私、一国の王女なんだよね。なんだか……やっぱり信じられないなあ」
「あたしもいきなり、あなたはある一国の王女だったんです!なんて言われても信じられないわね。
今までずーっと船の上で暮らしてきたのに、ある日を境に豪華な暮らしなんてできないわ。
その点あんたは適応早かったけど……もしかしてティムライトって、そんなに財政豊かじゃなかったのかしら?」
「さあ……私に聞かれても」
「…それもそうね」
野菜に火が通ったのを確かめて、モモカは鍋に適量の水を注ぎ込んだ。
素早くふたを閉めて火を中火へと切り替える。
とそこへ、彼女らが順調に調理を進めているのを陰からのぞいている人影がひとつ。
その視線はただ一点、モモカに注がれている。その妙な視線と気配に感づいたのか、彼女は包丁を握りしめた。
次の瞬間、空気を切る音がしたと思うと――――
「いっけなーい。手が滑っちゃったわ」
わざとらしくそう言うと、モモカは片手をぷらぷらさせながら硬直しているヘビス――――
正しくは彼の耳元に深く突き刺さっている包丁に近づいた。
「あらヘビス。何か用?」
勢いよく包丁を抜いた後、今気付いたかのようにモモカはヘビスに問いかける。
その言葉でヘビスはようやく我に返り、そして体を震わせた。
「っ……ほっ、包丁危ないやないか!いきなり何すんねん!!」
「あんたも運が悪かったわねぇ。あたしが手を滑らせちゃったところに"偶然"居合わせるなんて」
「ぐ、偶然て……わざとやろ今の!?」
「やあねぇ人聞きの悪い」
ふう、とモモカは溜め息を吐いてみせる。
「で?何の用よ。あたしの調理を邪魔してまで来たんだから、さぞかし大事な用なんでしょうね?」
「え、えーっと…それがな……」
ぽりぽりと頭を掻いてから、ヘビスは手招いた。怪訝な表情をしながらも彼女は顔を寄せる。
少々ときめきながらも耳打ちしたあと、照れ臭そうに彼は笑った。それにつられてかモモカも珍しく優しい微笑みを見せる。
やはり脈ありかと希望を見出したその次の瞬間、彼の頬には一本の赤い線が刻まれていた。つうぅと血が流れる。
恐る恐る視界を右に移動してみると鈍い色を放つ切れ味の良さそうな包丁が見事に突き刺さっていた。
そして当然のように、その包丁を力強く握るモモカの姿も目に入った。
「ほんと、くっだらないわね」
声にもドスがきいている。
ヘビスは血の気が一気に引いていくのをはっきりと感じた。
「"顔を見たくなったから来てみた"……ですって?ふざけんのも大概にして頂戴。
あんたね、あたしがされて一番嫌なことがなんだかわかる?料理の邪魔をされることよ!!」
空気を切るどころじゃない音と何かを鈍器のようなもので殴る音がしたあと、ヘビスは見事に吹っ飛んでいた。
包丁は壁に突き刺さったままだ。これだけブチ切れてしまってもそれだけの判断力はまだ残っていたらしい。
この惨劇の終始をこれまでおとなしく見守っていたウンディーネもこれには驚いて、慌ててヘビスに駆け寄った。
あまりに見事な吹っ飛び方にさすがに命の心配をしたが、声をかけると返事があり、なんとか半身を起こすことができた。
「……モモカ」
「しょうがないじゃない。邪魔してきたこいつが悪いのよ」
「いいんやウンディーネ。わいが悪いんや。モモカの言ってることが正しいねん」
「だけど、すごい綺麗に吹っ飛んでたよ?」
「あはは、大丈夫やって。ほら、やられたところも急所じゃないやろ?モモカも鬼やない」
ヘビスは殴られた箇所―――顎を指さした。確かに見たところ骨折などはしていないようだ。
ならいいんだけど、とウンディーネはうなずいたが、未だ納得した様子は見せない。
「じゃあわいはそろそろ…っと、いてて……」
「あ、ちょっと待って」
その場を去ろうとするヘビスを引き留めてから、ウンディーネは精神を集中させ何事かをつぶやき
彼の腫れつつある顎に両手をかざした。たちまち癒しの光が包み込み、光が消える頃には腫れはすっかりひいていた。
「これでよし。ちゃんとした治療は医務室でね」
「おう、おおきに。……それじゃあモモカ、すまんかったな」
「今度からは気をつけなさいよ」
「わかっとる」
苦笑いを残して、ヘビスは踵を返して姿を消した。
ウンディーネがいかにも納得できないという表情をしているので、思わずモモカは肩をすくめた。
「何よ?」
「モモカはヘビスのこと嫌いなの?」
「別にそんなわけじゃ……」
「本当?だったら、あそこまですることないじゃない」
「……早く諦めてほしいだけよ。あんなやりとり、いつものことでしょ。気にするようなことじゃないわよ」
ウンディーネは渋々うなずいた。
だがふと思いついて、彼女は再び疑問を投げかけた。
「ヘビスってモモカのこと好きなんだよね」
「そうね。つきまとわれて、かれこれ六年は経つわよ」
「いつもいつもひどい扱い受けてるのにどうして諦めないんだろう?」
「さあ……」
あたしに聞かれてもねえ、とモモカは再び肩をすくめた。
「――――で、俺に聞くのか」
数時間後、ウンディーネの隣には昼食をとるクラウドが腰掛けていた。
物事を冷静に見るクラウドならばわかると思ったのだ。
「知らない?」
「そういうわけじゃないけど、本人から聞いたらどうだ?あいつなら喜んで話すだろうし」
「うーん…。いつものことっていっても、モモカのせいで怪我したばっかりだから……ちょっと聞きにくいかなって」
「それもそうだな……」
野菜スープをかき回しながら少し思考に耽ったあと、クラウドは応えた。
「ヘビスから無理に聞かされた時、適当に受け流してたから知ってることは少ないぞ。それでもいいか?」
「うん、ありがと」
ウンディーネは嬉しそうに微笑んだ。それに対し、気にするなとクラウドも微笑みを返す。
「細かい事情はわからないけど、あいつは六年前からこの船で働き始めたらしい。
それでその時にモモカと会って一目惚れしたとか。ただまあ……まだ十二歳だったからな。
何をしたら喜ぶとか嫌がるとか、相手の性格を知らないうちにアピールを始めたせいで今の関係があるらしいぞ」
「へぇー…ヘビスがモモカを諦めないのはどうして?」
「ああ。あいつはヘビスを邪険にしたりするけど、別に嫌ってるわけじゃないんだ」
「ええ!?」
ウンディーネは思わず声をあげた。
あんなにひどい目に遭わせてるのに別に嫌いじゃないとは、いったいどういうことだ?
彼女の心境を察したのか特にそうでもないのか、クラウドはそのまま話を続けた。
「嫌いって言ったことはないし、お前とは付き合えないって振ったこともない」
「そ、そうなんだ……だからヘビスは諦めないんだね?」
「だろうな」
「でも……だったらどうしてひどい目に遭わせるのかな。嫌いじゃないなら普通に接すればいいのに」
「それなんだけどな。俺が思うにあれは照れ隠しか、あいつなりの愛情表げ――――いてっ!」
ぱこんっ、という音とクラウドの悲鳴が重なった。
振り向いてみればそこにいたのは憂いを含んだ表情で落ちていたトレイを拾うモモカの姿。
「あたしったら疲れてるのかしら。一日に二回も手が滑るなんて」
「人の頭にトレイ思いきり投げておいて、よくそんなこと言えるな……」
「悪かったわね。手が滑ったのよ」
悪びれる様子もなくモモカは言う。クラウドにしてみれば、やぶから棒に喧嘩を売られたようなものだ。
少しの沈黙の後、クラウドは静かに立ち上がった。
「喧嘩売ってるのか?」
「あら、やる気?言っとくけど女だからって手加減したらひどい目に遭うわよ」
「上等だ」
「えっ、ちょ、ちょっと……」
二人の顔に好戦的な笑みが浮かんだ。一方ウンディーネはどうやって止めればとおろおろと慌てている。
空気を切る音がしたかと思うと、既にモモカの足はクラウドの頭に真っ直ぐに振り下ろされ、
クラウドは顔の前で腕を交差させることでその一撃を的確に防御していた。
一瞬の間の後、二人は一気に間合いを取った。
「やっぱりヘビスと違って一筋縄じゃいかないわね」
「そう大人しく殴られるわけないだろ」
「それもそうね」
ふふ、と笑ってほんの一瞬目を離したその刹那。
顔を上げた時には既にクラウドの蹴りが目前に迫っていた。
(速い!)
捨て身で床へと転がり、その隙をつかれないように素早く立ち上がる。呆れたようにクラウドが言った。
「よそ見は禁物だろ」
「うるさいわね!ちょっと油断しただけよ!」
威勢よく言ったはいいものの背中には冷や汗が伝っていた。
一瞬で間合いを詰め、蹴りを繰り出したあのスピード。やはりこの男、無愛想なだけの剣士とは違うようだ。
構えを取り、床を蹴る。一気に間合いを詰めたあと拳を突き出したが軽々と避けられた。
怯まず一撃二撃を繰り出すものの簡単に流される。ならばと床に両手をつけ、勢いよく回し蹴りを放つ。狙うは足。
これであちらの体勢が崩れてくれればこちらのものだ。が、後ろに跳ばれ無意味に終わってしまった。
やはりそう簡単にはいかないか。モモカは小さく舌打ちした。
一方、すっかり蚊帳の外へと追い出されてしまったウンディーネはかというと。
(ど、どうしよう……まさか喧嘩になるなんて)
二人を囲む人だかりの中でひとり慌てていた。
きょろきょろと周りを見回してみるも自分のように慌てている者は見当たらず、むしろこの騒ぎを喜んでいる。
中にはクラウドとモモカ、どちらが勝利するかを賭けている者までいる。さすが血気盛んな船乗り、というかなんというか。
それはともかく、この二人がガチンコを始めてしまったのはヘビスについて質問した自分の責任だろう。
見てみれば、今はクラウドは完全に防御に回っている。モモカの隙を探しているのだろうか。
隙を見つければすぐにでも攻め込むつもりなのだろう。――――と、モモカが足を滑らせ小さくバランスを崩した。
まずい、とウンディーネは直感した。今まで隙を窺っていたクラウドがこれを見逃すはずがない。
既に彼は蹴りを放つ体勢に入っている。このままでは今度がモモカが怪我をするのは目に見えている。
こうなったのは自分の責任なのだ。己の不始末は己でつけなければなるまい。
ウンディーネはとっさにテーブルに置いてあった空のスープ皿を手に取り、そしてそれを両者の間に投げつけた!
ガシャン!
それまで野次や歓声でいっぱいになっていた食堂が、一気に凪のように静かになった。
クラウドとモモカの動きも止まっている。なんとか止められたか、とウンディーネはほっと胸を撫で下ろした。
と、野次馬たちの視線が自分に向けられていることに気がついて、気恥ずかしくなった彼女は二人の元へ駆け寄った。
「えっと……大丈夫?」
「あ、ああ……」
「別に平気よ」
何故そんなことを聞くんだ、というような表情をして二人は答えた。
彼女にしてみれば割れた皿の破片が当たって、またはガチンコで怪我をしていないかという意味だったのだが。
とりあえず見たところ怪我はしていないようだ。ウンディーネは再度胸を撫で下ろした。
「こうなったのは私のせいだけど……でも、喧嘩は駄目だよ」
「……悪かった」
「ごめん、わざわざ手を煩わせちゃったわね」
二人の言葉にウンディーネはふるふると横に首を振った。
と、冷静になったモモカは集まっていた野次馬の存在に気付いたようだ。
「見せ物じゃないわよ!さあ、散った散った!」
呆気にとられていた船乗りたちはモモカの声で我に返り、がやがやと自分たちの席へと戻っていった。
まったく、とモモカは腰に両手を当てる。ふと見てみるとウンディーネがちり取りと箒を手に、皿の破片を片づけていた。
クラウドは胸中で溜め息をついた。一時の感情だけで動いてしまうのはあまりに愚かだ。
あそこで立ち上がったりせずにモモカの言葉を受け流していればよかったのだ。
そうすれば、こうして彼女に世話をかけてしまうこともなかっただろうに。
これからはきちんと後先考えて行動しなければ。
「ウンディーネ、後は俺がやるから。それ、貸してくれ」
「いいよ、割ったのは私だから」
「割らせたのは俺だろ」
ウンディーネの眉毛が困ったように八の字に垂れた。
首を横に振り無言で手を差し出すと、彼女はちりとりと箒を渋々彼に手渡した。
彼女の手を煩わせてしまったのはこちらだというのに、いったい何の責任を感じているのか。
ウンディーネは困った表情でそこにいる。いいから食事に戻れ、と言ってもそこを動こうとしない。
「……じゃあ、破片を入れる袋を持ってきてくれるか?」
「うん、わかった!」
クラウドが考えた末にそう言うと彼女は嬉々として厨房に走っていった。
責任を果たせることが嬉しいのか、それとも少しでも手伝えることが嬉しいのか。
クラウドとモモカは顔を見合わせたあと、呆れたように微笑んだ。
◆
翌日、船長に見送られてウンディーネたちは港町に降り立った。
メンバーは七人。まずはクラウドとモモカが進み出て、モモカが行くならとヘビス。
少々行きたそうにしていたネルーを誘ったアリヤを入れて六人、それから最後に進み出た黄泉で七人である。
黄泉が行くこととなってアリヤの機嫌はかなり良くなった。今日もまた、当たるだけ当たって砕けているようだが。
「ほんっと黄泉ってオレには冷たいよなあ。そんな照れなくたっていいんだぜ?」
「……貴様の鈍さはある意味尊敬できるな」
その言葉にアリヤの頬が紅潮した。寒さだけではないのは明白だ。
「おい聞いたかネルー!黄泉がオレのこと尊敬してくれたぞ!!」
「え?い、いや、今のは……」
「いやー、やっぱり今までのは照れ隠しだったんだな!
ようし黄泉、結婚式の日取りはいつにする!?なんなら明日だっていいんだぜ!」
「明日?今日だろう。貴様の命日はな」
アリヤが疑問の声を上げるより早く黄泉は鉄爪を構え、氷のように冷たい視線を彼にぶつけてみせた。
が、アリヤはまったく気にせずに勢いよく黄泉の肩を抱いた。
「もぉ黄泉ってばお茶目さん!オレはまだまだまだ生きるつもりだぜ!」
「……そうか、それは残念だ」
気温がどれだけ低くてもこの男の脳内はどこまでも春日和なのだ。
そのことを思い出して、黄泉は溜め息を吐き出した。
「ウンディーネ、その爺さんの家っていうのはどこなんだ?」
「モモカがメモを持ってて……えっと、どこ?」
「丁寧に地図まで書いてあるわね。えーっと、ここが港で現在地だから……」
アリヤと黄泉のやりとりは既に日常化している。
よってネルーを除く四人は気にせずに、館長の家を探すことに徹していた。
申し訳程度に積もった雪をさくさくと踏みしめて歩く。
「早よしてくれー!寒うて死にそうや!」
「あれ、ヘビって寒さに強いんじゃなかった?」
「どっちかっていうと弱いんじゃないか?あんまり寒いとそのまま冬眠するらしいから」
「じゃあ急がないと。ここで冬眠されたら運ぶのが大変だし」
「うわっ、ひど!確かにヘビに変身はするけど、わい自体はヘビやないで!?」
「うるさいわよヘビス!……まずはこっちの道をずっと行って、二つ目の角を左に曲がるみたいね」
……どうやら館長の家を探すことに徹しているのはモモカのみのようだ。
しかしウンディーネはこれから大魔法を使うというのに緊張感がまったく見当たらない。
もう少し緊張感を持っても罰は当たらないと思うのだが……。
幾度か角を曲がって道を進むと、モモカが「ここよ」とひとつの家を指さした。
少々変わった家で、小さな階段を上った先にドアがある。雪対策か何かだろうか。窓も二重になっていた。
この造りになっているのはここの家に限らず、どこの家でもそうだった。おそらくこの北の大陸では共通なのだろう。
「本当にここか?」
「間違いないわよ。クリーム色の壁に青い三角屋根って書いてあるわ」
確かに目の前の家はメモの通りだ。
モモカは階段を上り、ドアの横に設置されていた呼び鈴の紐を引っ張った。
カランカランと可愛らしい音が響く。やがて足音が聞こえ、ドアが静かに開いた。
「はいはーい、どちら様で?」
出てきたのは、どこか見覚えのある垂れ目の青年。
青年は目の前にいたモモカの姿を認めると、あっ!と声を上げて驚いた。
「な、何よ?」
「やだなあ、覚えてないかい?何日か前に図書館の案内をした奴だよ」
青年は自分の顔を指差した。少々の沈黙の後、ウンディーネとモモカは顔を見合わせた。
二人に図書館と館長のことを教えてくれた、キセルを吸っていたあの青年だ。
「その節はお世話になりました。すみません、すぐに思い出せなくて」
「いや、忘れてくれてなかったようで何より。にしたってなんでこんなところに?」
「まあなんていうか、図書館の館長に用があるんだけど……」
「ああ、なるほどね。ちょっと待ってな」
と言うと、青年は奥に引っ込んでしまった。
その隙を狙って、ヘビスは小声でモモカに質問を投げかけた。
「い、今の誰や?」
「あんた聞いてなかったの?あたしたちに図書館のこと教えてくれた人よ」
「……それだけ?」
「他に何があるってのよ」
ふうん、と納得すると同時にヘビスは安堵した。
もしかしたらあの青年はモモカをナンパしたのかもしれないと思ったのだ。
その考えは当たらずとも遠からずと言える。
青年が奥に引っ込んでから三十秒ほどだろうか。ようやくあの館長が姿を現した。
「おや。これまた大人数で来ましたな」
「こんにちは、館長さん」
「お久しぶりです。まあ立ち話もなんですから、奥にどうぞ」
館長に招き入れられ、七人たちは家の中へと入った。
居間はなかなか広い造りで、全員が入ってもきつい思いはせずにすんだ。
失礼だとは思いつつも、ウンディーネはきょろきょろとあたりを見回した。きっとあると思っていたものがない。
「自宅も本でいっぱいかと思ってたんだけど……」
「ふぉっふぉ、ご安心を。本は地下室に保存しておりますでな」
「へえ、家には迷惑かけない程度に収集してるのね」
「あまりやりすぎると孫に捨てられてしまいますからのう。ささ、どうぞ」
館長の示した先には大きなテーブルに数個の椅子が置いてあった。全員は到底座れそうにない。
彼らは戸惑ったが、黄泉とクラウド、それからモモカが遠慮したためにそれは解決した。
「それで、わしの家をお訪ねになられたということは……」
「はい、無事修得できました」
「それはよかった。わしも本を貸したかいがあったというもんです」
館長は嬉しそうに微笑んだ。
と、そこへ人数分のお茶をのせたトレイを持った青年が姿を見せた。
全員の分をテーブルに置き終えると、彼は数歩後ろに下がった。謙虚である。
「紹介が遅れましたな。こいつがわしの孫です」
「ども、アルフレッドです」
青年……アルフレッドは一礼する。と、顔を上げた途端こんなことを言い出した。
「爺さん、キセル吸ってもいいかい?」
前言撤回である。言うまでもなく館長は呆れた表情を見せた。
「またお前はそれか。客人がいらっしゃっているというに」
「いいじゃないか。こいつは煙草みたいに人体に害が及ぶもんじゃないんだし」
失礼、とアルフレッドはキセルを取り出した。さらに小さな壷を取り出し、その中の葉をキセルの中へと詰め込む。
そして火をつけるとキセルを口にくわえ、煙を吸って吐き出した。
やがてウンディーネは小首を傾げた。室内が香のような良い香りに満たされたからだ。
「あはは、びっくりしたかい?キセルの中には普通刻み煙草を入れるんだけど、こいつは違う。
特製の薬草が入ってる。だから体にもいいし、火も直接でてないから安全なのさ。百害あって一利なしの煙草とは違う」
アリヤは苦笑いを浮かべた。一日一本を守っている身とはいえ、耳が痛いお話しだ。
「おっと、そこのあなた」
しかし突然、彼はキセルでアリヤを差した。
「煙草吸ってるね」
「……なんでわかる?」
「顔色、さ。一日に何本吸ってるんだい?」
「へへ、驚くなよ。一本だ」
ゆらゆらと煙が揺れる。
ほお、と感心した声をあげて、アルフレッドは再びキセルを口にくわえた。
「どうりで。……煙草を吸ってる奴はたいてい独特の顔色をしてる。あなたのは一目じゃわかんなかったな」
「おかげさまで。体調には気を遣ってるんだ」
「こいつの母親……つまりわしの娘はヘビースモーカーでしてな。
何度もやめろと言いつけたんですがちっともやめようとしない。そのうち肺を患って空に逝ってしまいましたわ」
「だからそのキセルを?」
「そういうこと。これなら肺を患うこともないからね」
なるほど、とアリヤは納得した。
確かに煙草は百害あって一利なしと言える。匂いも悪いし、周りの人間に文字通り煙たがられることもある。
一日一本を守っているとはいっても、煙草は自分の身を確実に蝕んでいるのかもしれない。
今日のことが終わったらアルフレッドにキセルのことを色々聞いてみるか、と彼はぼんやり考えてみた。
「さて、ところでどんな大魔法をお使いに?」
「召喚魔法を使ってみようかなって……」
「召喚ですか。どんなものを召喚されるおつもりで?」
「ええっと……同調司りし獣、ルムを」
「へえ、ルムか。気持ちはわからないでもないな。あいつは面白い」
「召喚したことあるんですか?」
「まあね。……ちょっと聞いてもいいかな?」
ぽん、と彼はキセルの中の灰を小さな容器にうつしながら言った。
いいですよ、とウンディーネは気軽に答える。
「なんで大魔法を?」
――――なんて答えにくい質問だ。
「興味本位で使うようには見えないし、かといって使う種類からいって攻撃目的でもない。何か特別な理由でも?」
「アル。そうやって人の事情に頭を突っ込むもんじゃない」
「何言ってんの、爺さんも実際気になってるでしょ」
ウンディーネたちは顔を見合わせた。
「どうしよう…?」
「ある程度はいいんじゃないか?」
「そうね、身分は明かさないまでも記憶喪失だってことくらいならいいんじゃない?」
わかった、と彼女はうなずき、館長たちふたりに事情を話し始めた。
あることから記憶喪失になってしまい、今いさせてもらっている船の船長の旧友に記憶を取り戻すためには
脳にある程度ショックを与えられる大魔法が一番有効だという情報を得ることができ、そのためにこの大陸に来たこと。
ある程度伏せた事情を話し終えると、館長が大変ですなとつぶやいた。月並みだが、それには感情がこもっている。
「今も自分のことが何にもわからないというわけで?」
「少しは思い出したり、教えてもらったことはありますけど……ほとんど何も」
「それじゃとっとと大魔法やっちゃおう。あなたも早く自分を取り戻したいだろ?」
「……はい」
よっし、とアルフレッドは意気込んだ。
先程の容器に灰を落とし、壷に残りの葉を移し替えた。なるほど、これで後で続きが吸えるというわけか。
「そうそう。魔法陣のある部屋にはあまり大人数は入れないよ。せいぜいあとひとりってところ。誰が来る?」
「あー……どうしようか」
「別に誰も来ないなら、それはそれでいいけど」
二人きりになるな、と小さくつぶやいたアルフレッドの言葉をアリヤは聞き逃さなかった。
それはモモカやヘビスも同じだったようで、三人は慌ててクラウドに警告し始めた。
「おいクラウド、ライバルだぞライバル」
「まずいわよ。あいつ悪い奴じゃないし、もしかしたら取られちゃうかもしれないわよ」
「モモカの言う通りや。二人きりになんかしたらあかん!」
「……お前ら何言って……」
「よしネルー、お前が行くんだ!」
「え?ぼ、僕?」
「そうよ、世界を見たくなったとかなんとか言ってたじゃない」
「これも勉強や!大魔法、しかも召喚魔法が見られるなんて滅多にあることやないで!」
「見聞きを広めるためだ、行ってこい!」
「あ、う、うん……」
三人に圧されてネルーは立ち上がった。
よろしくお願いします、と丁寧にネルーが頭を下げると、アルフレッドはにこにこと彼の頭を優しく叩いた。
どうやら子ども好きらしい。少し安堵したネルーはそのままアルフレッドとウンディーネの後にとてとてとついていった。
「こうして見ると似合いの二人ね……」
「なんとかネルーを間に挟んだけど、二人きりになったらどうなるかわかんねえな」
「だいたいなあクラウド、お前がとろとろしとるからあかんのや。ちゃんと捕まえとらなあかんで!」
「だからお前ら、さっきから何を……」
「ふぉっふぉ。あんな綺麗なお嬢さん、うちの孫にはもったいなさすぎますて」
何故か館長まで話しに入ってきている。
わけがわからなくなってきて、クラウドは溜め息を吐いた。なんなんだこの展開は。
「この港町にガダイ軍は入ってきたのか?」
それまで黙りを決め込んでいた黄泉が突然口を開いた。館長は少し驚いたものの、すぐに深刻な表情で頷いた。
「奴らは突然、この港に押し入ってきました。
まるで死人のような青白い顔をした女魔術師が軍の先頭に立っていて……。
あの何もない表情。今思い出しても寒気がしますぞい。死んだ魚のような目をしとりました」
「死んだ目を……?」
館長は横に首を振った。
「本当の死んだ魚の目というものは――――無機質なことをいいます。
あの女には本当に何もなかった。身体の中に通う暖かな血も、人間だれしも持ち合わせているはずの、感情も」
言い終えて、館長は体をぶるりと震わせた。
あの女……メジストにはそれだけの恐怖があるということだ。
今日、その無機質な人間と戦わなければならないことを思い出して、黄泉は溜め息を吐いた。
いずれは決着をつけなければならないのだ。ドレットが自分の命を狙う限り、それに終わりが見えることはないのだから。
◆
開かれた扉をくぐり、部屋に入るとなんとも不思議な雰囲気が彼らを包んだ。
……だが部屋の中はなんだか埃っぽく、空気も澱んでいた。カビくさい臭いが鼻をつく。
「ごめんな、埃っぽいだろ。しばらく使ってなかったからな……」
アルフレッドが窓を開けると、新鮮な空気と潮風が部屋の中へと流れ込んだ。
数分経って空気の入れ換えが完了すると、彼は窓と扉を静かに閉めた。
そうして石畳の床に手をつき何事かをつぶやくと、ぼんやりとした光が巨大な魔法陣を象った。
どうやらこれが大魔法に必要な魔法陣らしい。
「あの……アルフレッドさん」
「ん、アルでいいよ。この名前長すぎるよなあ」
「じゃあアルさん。何回くらい大魔法を使ったことがあるんですか?」
呼び捨てでいいのにな、と胸中でつぶやいて、アルは苦笑いを浮かべた。
けれどそんな表情はすぐにかき消して、ウンディーネの疑問に答えてやった。
「過去に二、三回だけだね」
「それだけ?」
「うん。父が生きてた頃なら結構使われてたんだけどね」
それからアルは、自分の家族について語り出した。
父親は才能溢れる偉大な魔術師で、難しい大魔法を操ることなど容易くやってみせた。
なんとルィサ王国から王宮魔術師にならないかと誘われたこともあったくらいだという。
しかしその息子であるアルはその才能を継ぐことはなく、そのことからかいつも父の怒りを買っていた。
「隔世遺伝ってやつかなあ。ほんとに全然駄目だったんだ」
アルは笑って言ってみせた。
天才魔術師である父から教えを受けたことで、今では人並みに扱えるようになるまで成長したという。
しかし父は、ある日突然死んでしまった。いつものように大魔法を使い、召喚獣を喚び出した時にそれは起こったのだ。
「この魔法陣の上で倒れてた父を最初に見つけたのは母だった」
声をかけてみても体を揺すってみても反応がない。胸に耳を当ててみたが、いっこうに鼓動は聞こえなかった。
後日の調べでわかったのは、父が喚び出したのは召喚獣ではなく悪魔だったという。
「その悪魔は……?」
「わからない。どこかに消えてしまったとも、元の世界に戻ったとも言われてる。ただ、妙なことがひとつだけ」
外傷がなかったのだ。
「本当にどこにも傷がなくて、刺された痕も引き裂かれた痕もなかったらしい。
殺されたなら、絶対にどこか傷があるはずなのに。父の身体にはそれがなかったんだ」
悪魔ではなくとも、暴走した召喚獣に殺された者たちの身体には例に漏れずなんらかの傷が残されていた。
心臓や喉を一突きされた者、首を切断された者、身体をまっぷたつに両断された者――――
必ずどこかに、傷があるはずだったのだ。
「だからこう考えてる。父は―――……」
がやがやとした町の喧噪が聞こえる。
冷たい潮風に吹かれて枯れ木の枝が揺れて、残り少ない枯れ葉が宙を舞った。
「……そのあと母は病死して、婆さんは爺さんに呆れてこの家を出て行った。だから今は爺さんと二人暮らしさ」
数分後、ウンディーネは魔法陣の中心に立っていた。
準備の手伝いをすることになったネルーはカーテンを閉め、ランプを消す。
アルは引き出しからロウソクを数本取り出し火をつけた。ゆらゆらとろうそくの炎が揺れると、彼らの影も揺れた。
「文言は覚えてるかい?」
「はい、大丈夫です」
「……よし、それじゃ始めようか」
ウンディーネは目を閉じ、精神を集中させた。
静寂を保つ部屋。風の音も、波の音もまったく聞こえない。
自分の鼓動だけが聞こえる静かな空間。
――――そして彼女は、言葉を紡ぎ始めた。
◆
「悪魔かあ。おっそろしいのう」
「なんで召喚獣じゃなくて、そんなもん喚んじまったんスか?」
「さあ……おそらく次元が歪んで、いつも喚び出す世界とは違う世界に繋がってしまったんでしょう。
娘の夫も災難じゃった。まさか悪魔など喚んでしまうとは思ってなかっただろうに……」
「その悪魔、今はどうしてるんだろうな。元の世界に帰ったのか?」
「それはまったくわかりませぬ。この世界に留まったとも言われておりますからな」
「うわ、それは勘弁。道を歩いててその悪魔に突然遭遇!なんてこともあり得るわけやろ?ぞっとするなあ」
ヘビスは体を震わせた。
確かに突然生涯を終わらされてしまうというのは味気が悪い。
できれば勘弁してほしいものである。
「肺を患った娘が死んで、本ばかりに気持ちがいっていたわしに呆れた嫁は家を出て行きました。
それ以来、孫と二人暮らししとります。寂しいと思われるかもしれんが、なかなか楽しいものですぞい。
こう言っちゃなんですが、うるさい嫁が出て行ってくれたおかげで本の収集に集中することができてますからなあ」
「アルフレッド……だっけ?あいつは何も言ってこないんスか?」
「黙認してくれとります。ただ、家の方に負担をかければためらわず本を売る気でいますぞい」
ふぉっふぉ、と館長はご機嫌に笑ってみせた。
祖父と孫の関係はなかなか良好らしい。アルが魔術師だということもあるのだろう。
と、その時だった。
カランカラン
「誰か来たみたいやで」
「おかしいですな、今日は他に客人が来る予定はないはずですが……」
ちょっと失礼、と館長は立ち上がり、扉へと向かった。
黄泉とモモカは人知れず身構えた。ついにメジストと正面から戦う時が来たのだ。
館長がドアノブに手をかけ、がちゃりと回した。静かに扉が開く。
だが、そこにいたのは――――
「おや……どちら様でしたかの?」
なめらかな茶色の毛皮を身に纏った獣人の女――――スークだった。
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あとがき
ヘビスがモモカに惚れた理由がわかった15話でした。
しかしあと1話で16話ですね。この前まで12話で四苦八苦してたというのに早いものです。
このペースでいくと20話いくのもあっという間かもしれませんね。
でもそれまでに、ウンディーネとクラウドの過去とか書けるのかな……。
ではまた次回に。
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