誘拐事件から一週間。



ルゥは仕事に慣れ、包丁さばきもようやく危なっかしくはなくなってきたし
数十名いる船員たちの顔と名前もなんとか覚えることができてきた。
そんなある日である。



「ねぇルゥ、聞きたいことあるんだけどさァ」



いつものように食器の後片づけをしている時、モモカが急に口を開いた。
振り向かずにルゥは洗い終わった皿の水気をふきんで拭き取る。



「あんたとクラウドって、デキてるワケ?」



あまりにも突拍子な質問に、ルゥは思わず手を滑らせてしまった。
ガシャン、と壮大な音を立てて皿は見事に粉々に割れる。



「な…なにそれ!?」

「そ、そんな驚くことないじゃない」



むしろ驚いたのはこっちの方よ、とモモカはドキドキする胸を押さえた。
まさかそこまで動揺するとは思っていなかったのだ。
気を取り直して、モモカはもう一度同じ質問を繰り返した。



「で、どうなの?あんたらデキてるワケ?」

「べっ、別にデキてなんかないよ!」



ぶんぶんと手を振ってルゥは懸命に否定した。だがモモカはなかなかひいてくれない。



「だってさー、あんたとあいつっていっつも一緒にご飯食べるじゃない。
それにほら、この前サハギンが襲ってきた時!あいつ、あんたを護るようにして
戦ってたじゃない?どう見てもデキてるようにしか見えないわよ!」



そう断言するモモカに、ルゥは言葉を詰まらせてしまった。
確かにクラウドは護るとは約束してくれた。だがそれは自分の命を護るということで、
恋愛感情は含まれてはないだろう。少なくともルゥはそう思っている。
いつも一緒に食事をとるのも、五年間空いたブランクを取り戻すため。
思い出話しや、ここ五年間お互いにあったことなどを語っているだけなのだ。



「んっとね…。実は、前に話した五年間会ってなかった人ってクラウドだったのよ。
それでね、いつも一緒にご飯食べるのも五年の…ブランク?を取り戻すためで、
そういうデキてるとかじゃないの。思い出話しとかをしてるだけなんだよ」



ルゥが説得するようにそう話すと、モモカは納得したのか
それ以上詮索することはなかった。





でも――――





(あんたとクラウドって、デキてるワケ?)

(どう見てもデキてるようにしか見えないわよ)



こんな風に言われて、嬉しくなかったといえば嘘になることは確かだった。
ルゥは鈍感とよく言われるものの、自分の気持ちに気づくのがわりと早い方である。
もともと芽生えていた、クラウドに対しての想い。
それが今回再会できたことで、更にその想いは膨れ上がったようだった。
だが、そんな色恋沙汰に身を委ねている場合ではない。

今は、一刻も早く王国に帰ることが先決なのだ。

新聞を見れば、必ずといっていいほど行方不明になった自分のことが載っている。
それと同時に、以前よりもぐったりとした父と大病にかかっていると書かれてはいるが
魔法実験に失敗してしまって化け物になってしまった兄、アメットのことも。

さきほどモモカを説得しようとしたあの言葉。

あれは自分を説得し、叱りつけるための言葉でもあったのだ。



「ルゥ、どうしたのよ。さっきから悲しそうな顔しちゃってさ」



そんなにあいつと一緒にされるの嫌だった?と見当違いのことを言ってくれながら
モモカはルゥの顔を覗き込んだ。それの否定の意味を込めて、ルゥは横に首を振る。



「ううん、なんでもない…」

「そ?ならいいけど、ちゃっちゃと後片づけ終わらせちゃいましょ!」



モモカの意義込んだ言葉に彼女は頷き、割れた皿の処理をしようと箒とちりとりを取りに用具室へと駆けていった。











いったい―――











―――いつになったら、帰れるんだろう






















































カミノウタ



第3話

−予感−




























































二日後。



「よぉーし、荷物運び出すぞーぃ!」



あれから大したトラブルもなく航海は順調に進み、予定よりも少々早く次の港町、タントゥに着くことができた。
さっそく船長は皆を指示し、自らも港に頼まれた荷物を運び出していく。
そうしてすべての荷物を運び終え、汗をかく船長の元に肥満気味の男がやってきた。



「いやいや、有り難うございます。モンスターが大変だったでしょうに」

「お?あぁ、依頼主さんですね。いや、こんなの全然平気ですよ。
海に出るモンスターなんてたかがしれてますからね」

「おお、なんとも心強いですなぁ。…ところで船長さん、次の行き先はおきまりで?」

「ええまあ。ティムライト王国へ行こうと思っていますが…それがなにか?」



少し船長は不審に思いながらも尋ね返す。すると男はにっこりと微笑んだ。



「いやいや、あなた方の話しは有名ですぞ。なんでも依頼されればすぐ航路に乗るが、
特にない時は船長や船員の自由で、色々なところを飛び回っているとか」

「うわ、そんなに有名になってたのか。控えめにやってるつもりだったのに」



まいったなぁとばかりに船長がぽりぽりと頭を掻いた。
…いったい何を控えめにやっていたのかと気になるところではあるが。
その男は船長になにか一言だけ忠告すると、そのまま町の中へと消えていった。
それから何か考え事をしている船長を見つけて、モモカが不思議そうな表情を浮かべて話しかけた。



「ちょっと、お父さんどうしたの?」

「えっ?」

「えっ?じゃないわよ、さっきからぼーっとして…。お父さんらしくないわねぇ」

「いや、ちっと考え事をな…」



無精ひげをさすりながらそう呟くと、船長は辺りをきょろきょろと見回した。



「おい、ルゥはどうした?」

「ルゥならとっくに船ン中だけど…あの子になんか伝えることでも?」



よかったらあたしが伝えとくわよ、とモモカは腰に両手を当てる。
その申し出を断ってから船長はうーむ、と唸り始めた。



(もし、さっきのが本当なら……やべぇことになるな)



一刻も早く向かうべきか、それともわざと遅らせるか?
どちらを選んだとしても―――彼女の心に深く傷ができるのは間違いない。
噂の真偽はともかく、彼女だけにでも伝えるべきだろう。



(そうだ。伝えるのは早い方がいい!今すぐにでも…)



「モモカ、ルゥをこっちに連れてきてくれるか。あと他の船員には、冷たい飲み物でも
振る舞ってやってくれ。今回は長い航海だったから、みんな疲れてるだろうしな」

「ん、わかったわ」



指示を受けるとすぐに、モモカはぱたぱたと船の中に舞い戻っていった。
母親がいなくても、あれはあれなりにまっすぐに育ってくれたようだ。
……だが普段のヘビスを見てわかるように、少々荒くれ者にも育ってしまったようだが。
まぁこれも、無理矢理航海に付き合わせた己が原因かと思う。
だが、あそこにいるよりは――――そう、あの集落にいるよりはマシだったはずだ。
そこらへんに置いてあった木箱に腰を下ろした時、そこにちょうどルゥがやってきた。
モモカの姿は見えない。彼女のことだ、自分がいる幕ではないと席を外したのだろう。
ああは振る舞ってはいても、本当は思慮深く頭が良い少女だ。
…年々、外見が母親に似てきているのは気のせいじゃないだろう。



「船長さん、モモカから聞きました。なんでしょう?」

「ちっと……悪い噂を耳にしてな」

「悪い噂、ですか」



ルゥ・クロス―――近頃のにしては珍しく礼儀正しい娘である。
食事の作法や普段の仕草振る舞いを見ると、どうも庶民の出には思えなかった。
どこかの貴族の娘か、まさかとは思うが――――



(ウンディーネ・シェリル・ティムライト……だったか?)



彼女を港で見つけた翌日の朝刊には、王女が行方不明という記事が載っていた。
更に記されていたティムライト王国第一王女の特徴にも時期的にも、この少女は見事当てはまる。
だが正体がなんであろうと、あの王国が彼女の故郷であることは間違いない。
だからこそ――――このことを伝えねばならないのだ。



「お前さんの故郷のティムライト王国。そこに今、ガダイ帝国が進軍しているらしい」

「そんな……ガダイ帝国は軍を捨てたんでしょう!?
それから各国との協和を結んで、隣国のルダイ共和国と友好同盟を結ぶって……!」

「まぁ噂の真偽はわからん。だが、心の準備はするに越したことはねぇと思うぞ。
ガダイ帝国は代々あくどいことを重ねてきてる。約束破んのだって驚くことじゃねえ。……今回はちと、度が過ぎるようだがな」



頭を垂れるルゥに、まぁそんな気負いすんなと船長は励ますように明るく言う。
だがその一方では、ひとつの予感を感じ取っていた。
もし貴族の娘だとしても、ここまで各国の内政に詳しい者は少ない。
聞いた話しではティムライト王国国王はすでに行政もままならぬ状態。
第一継承者のアメット王子も即位できぬ大病にかかっており、
もはやウンディーネ王女が女王に即位するのはほぼ決まっているらしい。
そのため王女は、行政や貿易に対する知識を日々養っていたように思われる。
各国の情報も得ていたはずで、その中には内政も含まれるだろう。



(まいったな……。考えれば考えるほど、王女の可能性がどんどん高まってきやがる。
本人に直接聞くか……―――ん?あの小僧はなんか知ってそうだな……)



小僧―――クラウドのことだろう。誘拐事件の一件から、二人は急に親密になっていた。
何か知っていても不思議ではない。
だがあの堅物(と船長は思っている)が、そう素直にほいほいと教えるとは思えない。
しかし、まあ慌てて聞くことでもないだろう。船長は思い直して、別のことを尋ねることにした。



「あー……ルゥ、ちっと聞きたいことがあるんだが」

「は、はい!なんでしょう?」



船長が声をかけると、ルゥは考え事をしていたのか慌てて顔を上げた。



「明日にでもここを出発して王国に向かおうと思ってるんだが……。
ここからなら、嵐にでも遭わんかぎり五日もありゃぁ到着することはできる。
どうするかはお前さんの好きにしていいぞ。どうせ大して仕事もねぇんだからよ」



遠慮がちに頷いて、ルゥは考え始めた。
直接行って真偽を確かめるか、それとも結果が出るのを待つか―――






もし噂が本当だったら?



どちらを選んでも苦しい結果になるとしたら?






――――迷ってはいられない。
いずれ自分は、あの王国の指導者となるのだから。
結果を恐れては、何もできないのだから。






「……ティムライトへ、向かいましょう」

「よっしゃ、決まりだな」



膝を軽く叩いて船長は腰を上げた。少し落ち込み気味な彼女の肩をぽんぽんと叩く。



「気兼ねさせて悪かったな。船に戻って休んでてくれ。……オレか?
オレはもーちっとここで風に当たっとるよ。まぁそう気にすんな」



では失礼します、と丁重にも一礼すると、ルゥは船の中へと消えていった。
それを見送ってしまうと、船長は再び木箱に腰を下ろした。
目の前には真っ青な海が広がっている。荒れている様子はなく、とても穏やかだ。
だが―――数日後にはルゥの心に嵐が吹き荒れることとなるかもしれない。
最低限、それは覚悟しておかなければならないだろう。

そこまで考えて、ふと彼は気がついた。
もし噂が本当でティムライト王国が滅びるとすれば、彼女には一切の身寄りが無くなってしまう。
ガダイ帝国がやり方を変えていなければ、恐らく壊滅後の王国はガダイ帝国が支配すると考えられるだろう。






――――神というものがこの世に存在するならば、むごいことをする。






(なんてこった……。王女であろうとなかろうと、どっちにしろ王国が滅びればルゥは自分の居場所を失くすんじゃねぇか!)



船長は頭を抱えた。まだあれほどの少女がそれを受け入れられるはずがない。
むしろ、悲しみの重圧に耐えられるかも―――



(いっちょ、腹くくるしかねぇな)



噂がデマであればそれでよし、本当であれば正式な船員として彼女を迎えるまでだ。
当然、しばらく仕事はできないだろうが……居場所を失くすよりはマシだろう。
それにその方が、男どもも喜ぶかもしれない。
鈍感な彼女は気づいていないようだが、男性船員のだいたいは彼女にハートを射止められてしまっているようだった。
だが、ルゥの近くにはクラウドがいる。そのため大半は諦めてしまっているようだ。



(あの二人ってデキてんのかねぇ)



いや、今はそんなことどうでもいいよな……と船長は思い直して、珍しく溜め息をついた。





















































バタン!!



乱暴に閉めたドアによりかかり、ルゥはその場にへたりこんだ。体が震える。
もし、船長から聞いた噂が本当であれば大変なことになる。





ガダイ帝国はまだ軍を捨ててない?





しかもティムライト王国に進軍しつつある?





どうして?どうしてそんな―――





(歴史に残る、世界を巻き込む大きな戦いがはじまるんだよ。もう時間がないんだ)





ルゥの脳裏に浮かんだのは、彼女をさらった張本人―――あの不思議な子供。
あの子供の言っていることは本当だったのか?
でもどうして、こんな先のことを予見できたのだろう?



(ガダイ帝国の人間で、戦争を止めてほしくて……?
でも、私に?それにどうしてクラウドのことを知っていたんだろう……)



考えれば考えるほど思考の糸は絡まっていく。
答えは出ない。
あの子供はいったい何者なのか――?



そこまで考えて、ルゥはいったん思考を止めた。
確かにガダイ帝国のあの指導者なら、約束を破り戦争を引き起こすことも考えられる。
けれど、まだ噂が本当だと決まったわけではないのだ。

少し、元気が湧き出た。



(そうよ、少しでも希望を持たなきゃ。実際に行かないとわからないし…)



ルゥはひとり頷いて、ゆっくり立ち上がった。
数日後にはティムライト王国に着く。
そうすればきっと、ただの噂だったということがわかる。
今は…それを信じるしかない。



そうした矢先に、ドアを叩く音が聞こえてきた。
それと同時にモモカの声が響く。



「ルゥー、そろそろ夕飯の準備しましょ。今日はちょっと手ぇこんだの作るからね!」

「あ、わかった!すぐ行くね!」



モモカは返事を確認する暇もなく素早く走り去っていってしまった。
どうやらいつもより急がなければならないようだ。
ルゥもすぐ部屋を出て、厨房に向かうことにした。





















































翌日。



甲板の掃除が一段落したところで、アリヤはタントゥの町並みを見物していた。
ロティほどではないが人は多く、目玉通りの人混みもそれなりにすごかった。
大半は商売に来た商人たちや観光客、それに海賊たち。
あとはアリヤたちのような貨物船の船員たちだろう。
意外にも少々人混みが苦手なアリヤは、涼しげな路地裏に逃げ込むことにした。



「…すげぇ熱気だったなオイ…」



はあぁと息を吐き出すと、アリヤはきょろきょろとあたりを見回した。
ずいぶんと材木が積まれている。船を造るのに使うのだろうか?
そういえば造船所があったような気がする。

――――そんなことを考えている矢先に、アリヤは体を硬直させた。
何か脇腹に硬質な物を当てられたのだ。彼はすぐにソレが何なのかを理解した。



「……おいおい、何の冗談だ?」

「冗談だと思うか?」



確かに冗談には思えなかった。
アリヤの脇腹に当てられているソレ――ナイフはどう見ても本物だし、
まさか冗談でナイフを押し当てる者なんていないだろう。



「まぁそれはともかく…そのナイフをどうにかしてくれよ」

「お前にひとつ仕事を任せる。仕事を果たせると約束するならば、しまってやろう」

「へ…?」

「案ずるな。お前ならばできる仕事だ」



そう言い切れるのならばアリヤにもできる仕事なのだろう。
アリヤは背後の人物の要望に答えることにした。ゆっくりとナイフが体から離れる。
安堵の溜め息をつくと、アリヤは後ろを振り返った。
すると、そこには上から下まで真っ黒な…黒い影が存在していた。
黒い影の身を包んでいるのは真っ黒な長衣で、目深に被っているので顔は定かではない。
わかるのは額に装備していると思わしき赤い宝石で装飾しているサークレットと
胸あたりまである真っ黒でストレートの綺麗な髪だけだ。
こんなに長いということは女だろうか?しかし、髪が長いということだけで女とは言い切れない。
アリヤの髪だって肩くらいまでのびており、後ろで小さく結ばれている。顔や体格さえわかれば……。



「おい」



黒い影の声でアリヤは急に現実に引き戻された。
どうやらぼうっとしていたらしい。アリヤは慌てて返事をした。



「あ、ああ。なんだ?」

「お前、あのハザードという男の船で働いているだろう。そこに連れていけ」

「……まあ、確かにそんなの簡単だけどよ…。なんで知っ――「伏せろ!!」――ぅわわっ!!?」



黒い影は突然アリヤの頭を鷲掴みにして、地面に叩きつけた。
その直後にヒュッ、という音ともにかまいたちのような風が二人の頭上を走った。



「う…」



ごく小さなたんこぶが出来てしまった額を押さえながら、立ち上がろうとしたところで彼は動きを止めた。
アリヤの目の前に、黒い影がかばうように立っていたのだ。これには少し驚いた。
ふと後ろを見れば、背後に積まれていた材木がずっぱりと切れていた。
あのまま伏せてなかったら、今頃二人の首は胴体から切り離されているところだ。
アリヤの背中に戦慄が走り、彼は思わず目の前の黒い影に尋ねた。



「おい、いったい誰がこんなことを…」

「下がっていろ。敵は一人じゃない……しかもてんで並外れた力を持つ奴らばかりだ。お前じゃ戦っても無駄死にする」

「んだと!?」

「黙れ」



思わず反論しようとしたが、黒い影の一言でアリヤは少したじろいでしまった。
何か、言いしれぬ迫力が込められていたのだ。



「隠れてないで出てこい。そこにいるのはわかっているんだ」



黒い影の感じ取った気配の主らは角に隠れているらしい。
しかし、気配の主らが出てくる様子はない。



「私の力を知らぬわけでもなかろう?意地でも出てこないのであれば――――」



その言葉を待っていたかのように角から気配の主らが現れた。
気配の主らは、黒い影の言っていたとおり一人ではなかった。五人ほどだろう。



「やはりお前達か……なぜ私をつけ回している。私一人ではあの男を始末できないとでも思ったか?」

「そんなわけないだろ。黄泉の力量は十分に理解してるつもりだぜ?
オレたちゃあ直々に頼まれたのさ。あんたを始末するようにと、ドレット様になぁ……」






"ドレット"






様づけされているあたりから、彼らのボスか何かだろうか。
そうなると、黄泉と呼ばれた黒い影は“ドレット”に何らかの命令を与えられて今回の行動を起こしたこととなる。
しかしその命令を果たすこともなく、今黄泉は仲間(かどうかはわからないが)に始末されようとしている。

……これはどういうことだろうか。

黄泉はもう用無しということか?しかし先程男が「黄泉の力量は十分に理解している」と言っていた。
これは黄泉は十分に強いということを表しており、用無しということで始末されるというのは考えにくい。



「…そうか。まあそうだろうな」



しかしこの事実に黄泉は驚くこともなく素直に肯定した。
これに男たちは驚き、アリヤも驚いた。



「私の力が恐ろしくなってきたのだろう?いつかはこんな日が来ると思っていたさ。
だがお前たちのような輩に、私を殺せるはずがないな」

「あいにくだなぁ、黄泉?お前はもう十分に生かされたのさ!最初からこうなる運命だったんだよ!!」



男達が一斉に黄泉に飛びかかった。だが黄泉は飛びかかる男たちを睨むようにその場を動かない。





ふっ、と一陣の風が巻き起こる。





男たちはその風に負けたかのように地面に叩きつけられた。呻き声があがる。



「私の力、理解しているつもりではなかったのか?」

「ち、ちくしょう…ちょっと油断しただけだ!いくぞ!!」



男は負け惜しみを言いながら立ち上がり、他の男たちの心を奮い起こさせた。
男たちは立ち上がり、それぞれの武器を構えながら物凄いスピードで黄泉に向かっていった。





しかし。





黄泉が唇を数回動かした次の瞬間、アリヤの目の前で妙なことが起こった。
突然突風が巻き起こったかと思うと、男達が血にまみれて倒れていたのだ。
かまいたちでも起こしたのだろうか?しかしそれにしては出血が酷すぎる。
しかもほとんどは、このままほうっておいたら事が切れてしまいそうだった。

ふと見ると、なんと黄泉の長衣のほんの一部が脱げている。
アリヤは背格好しか見えない位置なのでよくわからないが…あれくらいだと十分顔は見えているのではないだろうか。
思わず黄泉の前に回り込みたくなったが、それ以上に驚かなければいけない箇所があったのでアリヤは思わず足を止めた。
なんと黄泉の髪が変色していたのだ。真っ黒な髪から、今度はルゥに勝るとも劣らない美しい銀髪に変化している。
先程の術…の影響だろうか。何はともかく一瞬で髪の色が変色してしまうのは絶対におかしいだろう。
男達を冷たく一瞥して踵を返した黄泉に絶対に問いただそうと思い、
アリヤは口を開こうしたが先に黄泉の長衣を掴んだ男のひとりが話しだしたので止めた。



「フ、フ……黄泉、いくら、逃げようと、しても……無駄、って、もんだぜ……。
ドレット様は…お前を、絶対に…抹殺しようと考えておられる…覚悟は、しておけ…」



そう言って男は事切れた。ずるりと黄泉の長衣を掴んでいた手が落ち、同時に長衣も黄泉の体からずり落ちた。
黄泉は気にも留めず踵を返しアリヤを見下ろすと、その途端に彼の口はぽかんと開いた。




"彼女"の素顔は一言で言えば……そう、"妖艶なる美貌"だ。





アサシン……俗に殺し屋と言われている者たちが好んで纏う黒装束に、先程黒から変色した美しい銀髪がよく映える。
少しつり目の瞳の色は漆黒。それは不思議と彼女の銀髪に似合っていた。
思わずアリヤが黄泉に見惚れている間に、彼女は着衣を拾い上げ埃をたたき落とし再び着衣を身に纏った。
今度はフードを被らず銀の髪が流れるにまかせる。アリヤの視線に気づいた黄泉が、ぽそりと言葉を発した。



「この髪のことか。私には妙な力があってな、それを使うとこうなる。まあ三時間程経てば戻るが」

「――――結婚しよう!!」

「……は?お前、何を言って…」

「お前だなんて呼ばないでくれよッ!オレはアリヤって言うんだ……君は黄泉だろ?
ミステリアスで素敵な名前だね!謎の美女の雰囲気が漂う君にぴったりだ!」



黄泉は少々戸惑っていた。
先程までと態度とまったく違うのだ。雰囲気まで違う。



「お前、多重人格者か?」

「へ?何言ってるんだよ、もしそうだとしても黄泉への愛は変わらないさ!」



どうやら今は話しが全く通じない状態らしい。
まぁいい、と黄泉は溜め息を吐き出した。
こちらとしては、ヘビス・ウォーレスという少年の元に案内してもらえればそれでいいのだから。



「そんなことはどうでもいい。とっとと船に案内しろ」

「おうともよマイハニー!オレについてきな!」



…その直後、黄泉の背中に悪寒が走ったのは言うまでもない。





















































その日、滅多に使うことのない大砲を掃除していたクラウドは思わず眉を寄せた。
アリヤが上から下まで黒ずくめの人物と連れ添って歩いていたのだ。
あまりのことにクラウドはいったん掃除をやめて、アリヤに尋ねることにした。
クラウドにしては黄泉はどう見ても不審者だったのだ。
黄泉はフードは被っていないといっても、今度は黒い布で顔下半分を隠している。
つまり顔はほとんど見えない状態であり、いまだ元に戻っていない銀髪と額のサークレットだけが目立つというありさま。
これでは性別さえわからないだろう。

誰だってこれは不審に思う。

しかも現状が現状、この黒ずくめはルゥの居場所を知った王か城の誰かが使いを出したかもしれないと思うだろう。



「アリヤ、誰だそいつは…」



少々ひきながらもクラウドは彼に問いを投げかけた。



「そいつだなんて言うなよクラウド!」



アリヤがばしりとクラウドの背中を叩き、満面の笑みでさりげなく黄泉の肩を抱いた。



「このミステリーな雰囲気漂う美しき女性は黄泉さんとおっしゃるんだ。そいつだなんて失礼なッ!」

「いや…っていうか女だったのか?」

「確かに、今のはこいつの説明不足だな」

「だ、か、らぁ!こいつじゃなくってアリヤだよ、よーみっ♪」

「…まぁそれはともかく、なんでこの船に連れてきたんだ?」



これでは話しがまったく進まないと踏んだクラウドは一番最初に浮かんだ疑問をアリヤにぶつけてみた。
ほんの少し考えてからアリヤは口を開く。



「あのな、黄泉はヘビスを捜してたらしいんだ」

「ヘビスを?」



そう、と頷いてから彼は続ける。ちなみに黄泉の肩からは手を離している。



「なんでかは知らないけどよ〜、こんな美しい彼女に捜されるなんてヘビスが恨めしいよなぁ……」



微かに頬を赤らめてうっとりとした口調で喋るアリヤ。
またもやクラウドは眉を寄せた。―――気づいたのだ、アリヤの異変に。



「アリヤ…まさかとは思うけど、お前あの黄泉とかいう奴に惚れたんじゃ…」



なんとなく小声で尋ねるクラウドの言葉に彼の頬は更に赤くなった。
やっぱりとクラウドは呆れる。



「なんであんな得体の知れないヤツに惚れるんだ、お前は…」

「得体の知れない!?何言ってるんだよクラウド!
お前だって十分得体の知れないヤツに惚れてるんだぞ!?」

「…は?」



ここまで来るともう支離滅裂である。クラウドは哀れに思いながら彼の言葉を否定した。



「アリヤ、お前ちょっと混乱しすぎだろ…俺は誰にも惚れてないけど…」

「いーや惚れてるね。あからさまに惚れてるね。オレにはわかるぜ、クラウド?」

「いや違うって」

「違わないね」

「だから違うって!」

「いいや、違わないだろ?」

「お前しつこいぞ。違うって言ってるだろ?」

「だから違わないって!お前さぁ、「…いい加減にしてくれないか」



このままでは永遠に繰り返すだろうと思ったのか黄泉がアリヤの肩に手を置いた。



「アリヤ、私としては早々にヘビスの元に案内してほしいんだが…」

「おぉっ、ごめんごめん!オレとしたことがムキになっちまった!
それにしてもやっと名前呼んでくれたなぁ黄泉!オレぁ嬉しいぜ〜♪」



アリヤはまたも黄泉の肩を抱き船の入り口へと消えていった。
あまりに急な出来事だったために、残されたクラウドは呆然とするしかなく。






刹那。






「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ…!!!!」






「!…ヘビスの声!?」



やっぱりあいつは危険な奴だったんだなとクラウドは確信すると、腰に携えていた短剣を抜いて船の中へと駆け出した。





















































数分前。



「黄泉、ついたぜ。ここがヘビスの部屋だ!」



アリヤは木製のドアの前で、誇らしげに胸を張った。
黄泉はというと、アリヤとは対照的に無表情を浮かべている。
とっとと呼び出せと黄泉が急かすと、ご機嫌にアリヤはコンコンとドアを叩いた。
途端にドアが勢いよく開いた。



「…なんだ、アリヤか…」



嬉しそうな表情を浮かべているかと思うと、ヘビスの表情はすぐに一転した。
いかにも残念というか、期待はずれという表情である。



「なんだとはなんだよ…いきなり失礼なヤツだな」

「今日は珍しく、モモカが誘いに乗ってくれたんや!
モモカの準備が整い次第これから一緒に町に出てデートする予定なんやで!!」



再びヘビスの表情が輝いた。へぇ、とアリヤが一声漏らす。
さすがのモモカもヘビスの熱意に負けたらしい。
とそこで、黄泉が軽く溜め息をついた。
それに気づいたのかヘビスが初めて黄泉の存在に気づく。



「この美しき女性は黄泉さんだ。お前に用があらせられるらしい。くれぐれも粗相のないようにしろよ!」

「は?あ、あぁ…」



聞き慣れないアリヤの敬語にヘビスは一瞬なにかと思ったが、
すぐに頭を切り替えて黄泉の方へと目を向けた。
くぐもった声で、黄泉が尋ねる。



「間違いなく、お前がヘビス・ウォーレスだな?」

「あぁ、そうやけど…いったい何の用やねん。わいはお前なんて知らんぞ?」



ヘビスがまじまじと黄泉を見つめる。
黄泉は着衣の下で、両手の指に鉄爪を装備した。カチリ、と小さく音が鳴る。
だが、今仕掛けてはこちらの動きがばれて事を仕損じかねない。




両方に隙を作らなければ――――




と、突然アリヤがヘビスの頭を殴りつけた。



「な、何すんねんコラァ!」

「お前こそなんだ!いくら黄泉が美しいからといってじろじろと見つめてるんじゃねえ!
お前にはモモカがいるだろうが!!」

「…はぁ?アリヤ、何言うとるんや!?悪いもんでも食ったんか!?」





今だ。





まず、男の動きを止める。





「ぐっ!?」

「アリヤ!!」



黄泉の痛烈な一撃により、アリヤは崩れ落ちた。ずず、と壁に背にして座り込んでしまう。



「よ、み…?」

「お前、いきなり何を…!」

「我が主の命により…ヘビス・ウォーレス、お前を殺しに来た」









ヘビスがその言葉の意味を理解するより、早く。









「死んでもらうぞ」









鉄爪は、彼の体を衣服ごと引き裂いていた。





















































クラウドが黄泉の姿を見つけた時、ヘビスはまだ生きているようだった。

だが…彼の姿は見るも無惨なものだった。

あの希望に満ち溢れた瞳は恐怖に怯えており、彼の体を包んでいた船員用の衣服は
すでに真っ白だったと過去形で表しても良いほど赤黒く染まっていた。
何かの拍子に破けたのか。何かを隠すようにはめられていた白いバンドは破け、そこからは蛇のタトゥーが覗いていた。
喉元には黄泉の武器である長い鉄爪が当たっており、今にもグサリと刺さりそうで。
半開きになっている口からは微かに恐怖の声が漏れていた。
肝心のアリヤは――――黄泉にやられたのか、腹を押さえて壁を背に座り込んでいた。



「悪く思うな。恨むのならば我が主を恨め」

「待て!」



黄泉がついにとどめを刺そうというところでクラウドが言い放った。
彼女の武器を弾き、短剣を構えヘビスをかばう形でクラウドは黄泉の前に立ちはだかる。



「何のつもりだ」

「これでもこいつは俺の仲間だ。それに、人の恨みを買うような奴じゃない」

「私はアサシンだ。アサシンである以上、主の命令には従わなければならない」

「…まだ気がつかないか」



クラウドの呟きに黄泉が眉を寄せた。
彼女の殺意が消えたのに伴い、短剣を鞘に収め彼は続ける。



「ヘビスは呪われてるんだ。いや、右腕の蛇のタトゥーが呪われてると言った方がいいか。
このタトゥーはとある拍子に持ち主を蛇にしてしまう呪いがかけられてる。
まあ時間が経てば戻るけどな。…この呪いは普通に生活しててもうつることはない。
でも、こいつを殺せば…黄泉、あんたにヘビスの呪いがうつるんだ」

「…なる、ほど…。あの男が言ってたことは…本当、らしいな」



苦痛に顔を歪めながら、アリヤが口を開いた。そのままゆっくりと立ち上がっていく。
黄泉の一撃は痛烈だったものの、痛みはそれほど長続きはしないようだった。



「"ドレット"とやらが…黄泉を絶対に抹殺しようと考えてる、ってのはさ。
負け惜しみなんじゃねぇかとは思ったけど…まさか殺す相手まで、丁重に選ぶとはな」



クラウドとアリヤが推測を並べるなか、黄泉はじっと押し黙っていた。
だが――――



「ちょい、待て…」



ヘビスが立ち上がったのだ。いまだ止血していない傷口を押さえながら。
ふらふらと歩いてクラウドと肩を並べる形になり、彼はクラウドに肩を貸してくれるように頼んだ。
「無理するなよ」と言いながら彼はヘビスに肩を貸す。
そしてヘビスは、黄泉の顔をじっと見つめながらゆっくりと話しはじめた。



「"ドレット"って言うのは…あんたら暗殺組織のボスか?」

「…ああ」

「そう、か…これではっきりしたな。
わいにこの呪いをかけたのも…"ドレット"っていう奴なんや」

「なに…!?」



よっぽど驚いたのか、黄泉は小さくはあるが思わず声を上げてしまった。
これまでの彼女の言動から見ればこんなことはかなり珍しい。



「わいがまだ純粋な子供やった頃の話や…」



ヘビスはまるで、大冒険を話すような口調で淡々と語り始めた。
話によれば"ドレット"にこのタトゥーを彫ればモテモテになるとかなんとか言われたらしく、
彫ってもらったその直後に蛇になってしまったという。
なんとか元に戻ったその後、町を駈けずり回ったが結局"ドレット"は見つからなかった。
以来、その"ドレット"を探し求めているらしい。



「――というわけなんや…」



ヘビスが語り終えた後、3人がほぼ同時に溜め息をついた。



「…なんだそりゃ…」

「ヘビス…お前、気持ちはわからないでもないけどよ…」

「…」

「え!?な、なんでみんな反応が冷たいんや!?」



おおよそ息を呑んで聞いていて、語り終わった後に「大変だったな」とでも
ねぎらいの言葉をかけてくれるとでも思っていたのだろう。
しかし言わずもがな、皆の反応は冷たい。
と、



「ちょっと騒がしいわよ!あんたたちさっきから何やってんのよ!?」



曲がり角からモモカの顔が飛び出した。ヘビスが慌てて傷口を隠す。
だがその一瞬を彼女が見逃すわけがなく、彼の傷はなんともあっさりと見つかってしまった。



「ちょっとヘビス!あんた何よその傷は!?あぁもう、服が真っ赤じゃないの!!
その服の洗濯はあんたがやんなさいよ!いい、わかった!?」

「ひ、ひどいやないかモモカ…結構な大怪我なんやでコレ…」

「ふーんそうなの。でもあんたって斬られるのには弱いのねー。ちなみに誰にやられたわけ?」

「そこにいる黄泉って奴にやられたんや!なんかようわからんけどアサシンらしくて!」

「よ、み?」



モモカが初めて黄泉の方を振り返った。上から下まで真っ黒な格好をした黄泉にどんな反応をするかと密かにへビスが期待していると――



「ちょっ…あんたなんでここにいんの!?」

「…ティアか」



モモカが黄泉を指差し、黄泉がモモカを見下ろして言った。



「え?モ、モモカ…知り合いか??」

「あ、う、うん。その…昔の知り合いよ!な、懐かしくてつい叫んじゃってね!
ま、積もる話しもあるし、久しぶりにじっっっっくりと話しましょ!」

「え?ちょ、ちょっと待てって!」



素早く話を進めるモモカにもはや他人が口をはさむ隙はなし。
モモカは黄泉をぐいぐいと引っ張り、そのままどこかへ行ってしまった。



「…な、何がどうしたんや…今…」

「アサシンが昔の知り合いだなんて…モモカもとんだ奴だよなぁ…」



ヘビスとアリヤがそれぞれ呟いた。一方クラウドといえば何か考えに耽っている。
かと思うと、クラウドはふと思い出したようにヘビスに質問を投げかけた。



「ヘビス。傷は大丈夫なのか?」

「あ。そ、そういえば…ちょっと血が足りな――」



そこまで言って、ヘビスはそのまま倒れ込んでしまった。
どうやら今の今まで忘れていたらしい。
彼を医務室に運びながら、つくづく間抜けだと思うクラウドとアリヤであった。





















































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あとがき

第三話、終了です。
ヘビスが狙われたのはこういう理由でした。しかし間抜けですね。
アリヤも物凄い豹変です。一目惚れもいいとこだ…。
次回はモモカと黄泉の接点が明らかになるかもしれません。
ではまた次回に。